犬14

ピンク色の鱗と濃い緑の目を持つ新鮮な魚のような憂鬱を朝一で収穫した。バックヤードではとろろがいつまでも出番を待っている。剪定の失敗の後の午後。電気屋でCDRを返品しようか迷っている。図書館で予約した本を取りに行く機会(しお)を逃した。クラゲが脳味噌の中で落書きを書いている。色までは見えないけど、真ん中の線が不自然に太いはず。いつもの喫茶店に入る。廃れて店舗の少なくなった黄色い看板のチェーンの喫茶店では、従業員とお客がにこやかに話をしていたで、それなりにうまくやっているのかと思ったけれど、昨日中をみたら取り壊しの工事をやっていた。おでこに白いタオルを巻いた男が2人。面積の8割くらいが凍ったおしぼり手のひらを拭く。食事を望まないのに、お腹から渦を巻くような音が数分感覚で2回鳴った。コーヒーフロートのアイスクリームで、お腹の隙間を満たす。クーラーの冷気が強くて、薄いパーカーを羽織った。重い荷物を背負って歩いた、横断歩道に落ちた白い汗の粒が遠い昔のよう。蝉の声はまだ聞こえない。代わりにケミカルな換気扇の音が聞こえる。1日分の夏を飲み干す。両肩の荷の跡と首の痛みを忘れたふりをする。1階のテーブルが全部埋まるくらいの時間が過ぎた。地球の回転のような国際派の2人はベトナムの珈琲の濃さについて話す。この店でいつも見かける、抹茶の舌触りみたいに穏やかな紳士にはじめて話しかけられた。ひとつ向こうのテーブルでは介護とアウトドアについて話す人がいて、そのとなりからはぼくの知らない言葉がきこえる。離職票のスクラップで出来た再生紙に包まれたチューインガムはサクランボの味。口に入れた途端に後悔した。ガラクタの足場に乗って隣の山に飛び移る。注射針と傍観者が古い船を取り仕切っている。血の通ったポップコーンで冬を越すための花火を打ち上げる。階段に立てかけられた縦長の鏡が頭頂部に落ちてくる不吉の後も、脆い足場にしがみついてガイコツ以降の生涯を生延びていこう。やさしさのための技術が足りない。時間と距離を噛み砕く。寝ている素直な人の呼吸を感じている。「君は餓死する日が来るのが、何年後くらいになりそうか計算してみたのかい?」友達という言葉の必要性がわからなくなる。人間という生野菜の水分と鮮度を何とか感じたい。縦と横の幅が大きくなったのは毛布のせい。もう2日前にパンクしてしまった。残念だけど元に戻れそう。季節はずれの肉まんの躍動。古い家庭用電話の着信音は、心臓に優しい音だった。昼寝中の猫(男性)が起きた。ラグドールの大きな身体も、小さな箱のなかで縮こまっていると身体の形が変わったように思える。アザラシの将棋とウミガメのホイップクリーム。にせものの油の白さに溺れる。ハジマッタコトモ、オワッタコトモ、そもそも正確に告げられることがない仕組みの世界では、痛みを堪えさえすれば、自由に地図を書き換えられる。小さなバターナイフのような付け焼き刃が必須。2枚の紙タイルに☓を描いた。本当の口癖を聞いて凍ってしまう。雪国にタケノコが植わってる。箱入り息子は、人生に対して寝ぼけ眼。だけど磨けば光る。暮らすために階段の降り方を覚えた猫達。空っぽの貯金箱を埋めるための退屈な偽物が輝く時間帯に、カーテンを取り替える。オフイス街の、年齢の群れ、服装の群れ、顔立ちの群れ、肉体の群れ、声の群れ、生き物の交じりと分裂からはずれてしまう。裸電球と紫のステンドグラス、テーブルにやってこないバタートーストの匂い。側にいた人の物語から消えていくことの繰り返し。ぺんてるの水性ボールペンに齧りついて麻痺してしまいたい。悪夢以外は吸い込める掃除機。昔話を忘れた街には住んでいられない。秘密を暴けないのは興味はないから。海の匂いと下水道をあるく兎。タテ手書きのジンクスでは自分を越えられない。空白は埋めるためか残すためにある。眺めるだけはご法度。見た目は変わらないまま萎んでいく。可能性の小人の無言退室。封筒がインクを弾いて、何も届かない。歩道橋ですれ違い際の茶色いチワワがジーンズで隠れた膝を舐めてくれた。テレパシー。両目にみえるのは他人の佇まい。砂漠を歩くより、海に潜りたい。墓掘り人がやってくる。復帰は感覚の消失の標本。水とスパイスで不穏な太陽が育つ。現実?以上に混沌させておくれ。軟体動物の夜が降ってくる。黄色い夜。取り残されて、いずれは消える古くも新しくもない天井を眺めている。手詰まりな現在はそのまま。住民票のない蝶々を目で追う。羽の色がはっきりと見えないはやさで飛び回る蝶。道化の献身は床や壁に溶けていく、暑さも空腹も感じない。ほとんど何も感じない。虚しさがプリン状に積もる。本棚を飾るだけの物珍しい本。インクが汗が遠い。彼の時間は投獄される。目の前の古本屋はブラックボックスに。数十センチ先の別世界。鮮明過ぎる蜃気楼の舘。声は聞こえない、心臓は鳴っている気がしない。選んだ以上、他人じゃない以上、完食する。真実の42分。過去はなくならず。忘れられることが、覚えられることが救い。何年経っても、叫び声は黄ばんでいく。ゼンマイを振りきって、引きちぎって逃げ出したい。木造の小屋にデッドな音が響く。2009年。偉大な忍耐と淀まないリズムが潰えた。トランプのジョーカーも恋人の前では甘えていた。現実にしてはやわらかすぎる逝去の後。口に合わないエスプレッソを飲み干して、初夏には場違いなホットなアメリカーノを口にする映画館。帰りに買ったエドガー・アラン・ポーの文庫本()はテレビの隙間に落ちて、行方不明。記憶の引き金が惹かれていく。思い通りにならないことは悪いことじゃない。癒着と空回りでトウモロコシの抽象画から抜け出す。ミントティとモノクロの映画。大嫌いな納豆のような蜘蛛の巣に2つの肉球を突っ込んだ。不条理の森の茂り方はやさぐれたノコギリ。壁は何かを書くためにそこにある。生きていける場所を探すことには変わりない。皮肉な希望、悲しいチャンスをよく噛んでみる。今日も本に打ちのめされた。苦い。焼きそばパン、焼きそば丼、手作りならばほぼ食べ放題。リハビリの記録。捨てることになった文字に費やされたものはまったくもって無駄じゃない。1日が今日も終わる。夜が朝が昼が。ペパーミントの青年の優しさ。謙遜を続け、抜け道を進むクラフトマンシップ。達者な口調と土に植わった旬な白菜。パントテン酸の種明かし。過去が溢れだしてホースが蛇口から外れた。食事とベッド見直そう。寝転がらなければ、腰も足も痛くない。焼きたての心、時折膨らまない心。白い短編、黒い短編。生乾きの処方箋と背徳の錠剤。泥沼を濃くさせる甘味料を分煙のカフェにて啜る。落ち着かないで水を飲む。半袖の柄シャツと半袖の柄パンを履いた兄弟がミニストップの前に停まっている車に乗り込んでいった。夏に名刺はいらない。名乗らなくてもわかる。紅茶が薄くなっていく、茶葉も残り少なくなっていく。交渉が近づいてくる。文房具屋の入り口に強面の男が立ちはだかっている。万引き対策だろうか。素直だった頃を忘れた。もっと話をきいて、もっと言葉を削いで。スコップを持って水面へ落ちていく。痴話話とバラッドを聞いて、耳鳴りがした。