坂口恭平さんへ
わたしはずっと坂口恭平さんに素直に、誠実なやり方で謝りたいと思っていました。嘘をついてごめんなさい。ただ文章を書くことだけはずっと諦めたくありません。長くなるとは思いますが、ここに素直な気持ちを書きます。この文章を書くことは苦しいですが、今は逃げたくありません。
雑誌「ろびんそん」で原稿依頼をしていた死刑囚という
名前の死にたたい人の原稿が届いたので読む。抜群に面白い
ので、アドバイスをメールして、さらに書けと励ました。
のちの電話が、雑誌づくりへと、つまり生産活動、創作
活動へと転化されていっているのは素敵だ。死刑囚ももし
かしたら恩赦されて死ななくても済むかもしれない。
僕と付き合っているかぎり、死んで欲しくない。
わたしはかつて死刑囚と名乗っていました。死刑に値するような犯罪行為などしていなくても、自分が死刑に値すると思い込んでいるくらい当時の、私は伏し目がちで卑屈に生きていて、自分を傷つける言葉と声にならない呻きで毎日を塗りつぶして生きていました。。わたしは今は死刑囚では(死刑囚と名乗ることは)なくなりました。それはいいことなのかもしれませんが、同時に死刑囚だった頃のように文章は書けなくなってしまいました。ずっと書きたかったのに、「小説」、「文学」という言葉に無意識に囚われきってしまって、言葉がでなくなっていったのだとわかりました。今は非小説な文章が自然と物語になっていくことを信じています。そう思えたら少しずつですが自然と書けるようになりました。新しい「死刑囚」とは違う幸福な絶望の物語を書きはじめたいです。
2012年頃に坂口さんが小説家の石田衣良さんと対談をしていたテレビ番組を妹が録画していて、それをで観たのがきっかけで彼の名前を知りました。それから1年後ぐらいに彼の著書『独立国家のつくりかた』を読みました。『坂口恭平 躁鬱日記』というエッセイのような闘病記のような本は、2年半交際していた女性と別れた時に5日ほど寝込んでいた時に寝床で読んで記憶があります。
わたしが25歳だった2014年の夏頃、仕事をクビになりずっと落ち込んでいて、相談できるような友達がひとりもいなくて、坂口さんにはじめて電話をかけました。私自身は全く話せませんでしたが、「仕事がなくても生活保護がある」「ホームレスになって河川敷でも生きられる」、「借金はするな」、はっきりとは覚えていませんが坂口さんの温かい静かな励ましにどうにか救われました。最後には息子さんの弦さんの声も聞かせていただいて、その時溢れた涙と夏の日の部屋の記憶を書きながら思い出しています。
それから何度もわたしは死にたくなり、発狂しそうな勢いのまま、坂口さんに何度も電話をしてしまいました。坂口さんから「おまえは電話で話したりするより、思ってることを書け」、「病気じゃなくて表現したいことを外に出せてないからおかしくなっているだけ」という言葉をもらい、何度か脳味噌の皮が剥けそうになりそうな感じで無理やり引き出したような文章を何とか原稿用紙20枚くらい書きましたが、そこでもう書くことはとまってしまいました。
2015年の1月になって再び坂口さんに電話をしたら、「雑誌を作るから、おまえに原稿を依頼する」と言われました。何故だかそれをきっかけに、力が湧いてきて今まで自分に書けるとは思えなかったような素直で自信のある文章が書けました。ただその後2週間くらい経って言葉が枯渇してしまったように思えて、書くことが止まってしまいました。それから半年くらいかけて原稿用紙350枚くらいの文章を書き上げましたが、あまり面白いとは思えず、推敲をする気力も沸かず、それっきりになってしまいました。
その後も坂口さんの作品はずっと追い続けていて、『家族の哲学』は自分の見ている世界と作品に書かれている世界との境目が消えるような感覚で読めて、本当に素晴らしい小説だと思いました。その後に出た『現実宿り』、『けものになること』捉えることのできな強烈で時に乱暴な強い力を持った文章に夢中になってボロボロになるまで読みました。今でも何度でも読みたいです。『発光』というTwitterの投稿をまとめた本は、発売当時仕事帰りに渋谷付近の書店を探し回って結局見つけられず、仕方なくアマゾンで買いました。『発光』には本当に思い入れがあり、表紙も取れて付箋やアンダーラインだらけで読み込みすぎて本自体が元々の状態とは全く別物なくらい膨らんでしまい、つい最近新しく買いなおしました。
『しみ』という小説が出た時に荻窪にあるtitleという書店で坂口さんのトークショーがあり、そこで初めて「幸福な絶望に出ている死刑囚です」とあいさつをさせていただきました。「死刑囚出てこれたじゃん」、「いい表情してる」、「仕事をクビになったら、今度はやりたい仕事をやって書く時間をちゃんと確保しろ」、「サインは死刑囚じゃなくて本名の下の名前で書こう」、「お祓いもしよう」と振り返って涙いてしまう温かい言葉をかけてもらいました。それなのにわたしは坂口さんを裏切ってしまいました。
坂口さんから何度もアドバイスをいただいたのに文章が書けないままで、仕事を見つけるための動きもできず、自分を信じられずにいた時、素直に坂口さんに電話ができず、わたしはTwitterで「死にたい」というリプライを坂口さんの読者の方にまでひたすら送り続けました。本当に死にたくなっていたとはいえあまりにも馬鹿なことをしてしまいました。
それで名を伏せたまま坂口さんからご連絡をいただきましたが、お会いしても全く上手に電話でお話できないことや、アドバイスをいただいても小説のように筋のある文章が書けないことで発狂してしまい、「Twitterはやめて文章を書くことに専念しろ」という言葉を裏切って、また死にたいというリプライを送り続けてしまいました。本当に馬鹿げていて恥ずかしい行動だったと素直に思います。
その後、坂口さんに謝罪のメールを送りましたが、「死刑囚と名乗っていた人間と同一人物」だと明かせませんでした。その後、坂口さんは気づいたと思います。素直に自分のしたことを認めて頭を下げて「ごめんなさい」とわたしは言えませんでした。新橋で開催した個展や、鬱のタイミングでの開催になった『建設現場』の発刊記念トークショーでも謝る機会を逃してしまいました。
わたしは現在坂口さんのルーティン学校に入学しています。ただもう退学寸前です。今月になってようやく文章が書けるようになりました。詩とか日記とか散文とかなんでも書いています。彼がずっと言っていた「素直なただの文を書け」、「登場人物もプロットも考えなくていい」「誰にも評価されるな」、「無視され続けろ」といったアドバイスの意味がようやく本当にわかってきました。ただ書けばいい、それが悦びだとわかりました。形から入らないほうが本当に良い文章を書けるということを。
坂口さん、本当にごめんなさい。もうあんな馬鹿なことはしません。死にたいときはとにかく書きます。大切なことを教えてくれて本当にありがとうございます。わたしは一生書き続けます。坂口さんの文章もずっと読み続けます。
元死刑囚
狂熱犬
文章が少しずつ書けるようになってきました。できるだけ空っぽでいることで文章が書けるようになる気がしました。誰かのようになりたい、誰かのように書きたいという思いから離れられたら、文章が書けるようになった気がした。誰の言葉も誰の考えも今はいらない、それと同じように、あるいはそれと同じくらいのことを書かなければいけないという考えになってしまうからだ。そうなったら身動きが取れなくなる。白紙に時間と情熱を吸い込ませることよりも、布団の中で時間を「冷凍」できずただ「消滅」させることを選んでしまうだろう。それはまずいというよりもったいない。それが今のわたしの考え。無駄には良い無駄と、悪くもない色もない無駄がある。わたしは良い無駄をたくさん重ねていきたい。
一九六七年、私はコロンビアの三年生を対象とする、パリ留学プログラムに申し込んだ。高校を卒業した時に何週間か過ごしてすっかりパリに魅了されていたから、もう一度行けるチャンスだと見て迷わず飛びついたのだ。
パリは依然としてパリだったが、私の方はもはや初めてそこを訪れたときの私ではなかった。過去の二年間、私は狂ったように本を読みふけって過ごしていた。新しい世界がいくつもまるごと頭のなかに注ぎ込まれ、人生を変える輸血が何度も生じて血液の成分はすっかり組み替えられていた。文学と哲学に関して私にとっていまでも意味ある書物は、ほとんどすべてこの二年間に初めて出会ったものである。あのころを振り返って、自分が何冊の本を吸収したかと思うと、ほとんど信じがたい気にさせられる。私はすさまじい数のそれらを飲み干し、さまざまな書物から成るいくつもの国、いくつもの大陸を食らい尽くし、それでもまだいっこうに倦まなかった。エリザベス朝演劇、ソクラテス以前の哲学、ロシア小説、シュールレアリスムの詩。まるで脳に火がついたかのように、あたかも生存自体がかかっているかのように私は読みまくった。ある作品が別の作品につながり、ある思考は別の思考につながって、一か月ごとに私はすべてのことの関して考えを変えた。
ポール・オースター 柴田元幸訳 『トゥルーストーリーズ』 新潮文庫 2008年
ポール・オースターはわたしの大好きな作家です。翻訳されてる作品はほとんど読んできました。彼のエッセイを日本独自編集した『トゥルーストーリーズ』から引用した上の文章にわたしは10年近く恋焦がれてきました。暗唱できるように、自分の身体の一部になるようにこの文をわたし自身に染み込ませたいと思い続けています。こんな風に燃えるように激しく膨大な読書をわたしもしたいと思っていました。この文章にはじめて出会った学生時代、大学の図書館に籠ったり、飽きないように部屋の勉強机の上によじ登って座ったり、浴槽やトイレや電車やモスバーガーでも本をずっと読んでいました。それでもオースターのように激しく自分自身が信じがたいと思えるほどの量の読書はできませんでした。オースターのマグマのように激しい読書体験は、10年たっても訪れませんでした。
それでもわたしはオースターのこの文章自体にずっと恋焦がれています。この文章を読みながら、オースターの狂熱の時代を胸から腹の底に流し込もうとする時に、私自身にも燃え上がるものが沸き上がってきます。今でもオースターのような書物の知恵と熱を食らい尽くす読書をすることを完全に諦めてはいませんが。ずっと恋焦がれ忘れることのできない一生読み返し続ける文章を見つけられたこと自体が、わたしにとって何ものにも代えがたいことです。読むことで成しえれないなら、書くことであらゆる情熱の対象にこの宇宙に食らいつく狂熱の跡を、爪でも牙でも足でもいいから残していきたいと思うのです。オースターにはならなくていい、オースターのような文章なんてオースター自身が書けばいい、自分自身の文章をただ書こうと思えた時、本当の私の言葉が表にあらわれると信じています。書くことでいろんなものを大事に抱えることと、捨てることを同時にするという矛盾すら成しえてしまいたいです。狂熱と咆哮を書き記す日まで、わたしもまた倦むことはないです。
八方塞がり犬
ちゃんと言いたいことがある
伝わるかどうか別にして
思っていることの全て
今日があなたの一生
明日もあなたの一生
生まれ変わったことに気づかないだけ
今夜宇宙を卒業します
その後は何処にも行く宛がない
お説教がファストフードで
愛してるがオーダーメイド
興味がある人なら
もう他人じゃない
今夜黒い文字で電話をかけて
あなたの声が首筋に巻かれるよ
眠れない夜
起きれない朝
休めない昼
どこにもいけないままを
ほっとくことがどこにでも行けること
今いる場所も人も信じなくていい
犬の歴史を信じる
犬の人生を信じる
そろそろラーメンは出来上がる
紅生姜と黒胡椒をたっぷりかけたら
どんぶりもまた空っぽな宇宙
息をとめて行き止まりに向き合った
自分をとめてあなたと向き合う
今夜猫は仲間になる