犬2

俺は小説になりたいんだよ。俺は小説に変身したいんだよ。小説家は嘘つきだけど、小説は本当なんだ。血が滴るような小説に憧れるんだよ。小説の条件は、名乗ることだよ。俺は小説だって言うことだよ。それだけだよ。小説なんて文字が並んでいるだけだよ。かたちなんてあったためしがないよ。小説職人なんていないよ。回る小説も、回らない小説もないよ。小説は紙切れじゃないよ、紙束だよ。小説は無意識だよ。小説は脳震盪だよ。小説は新しい病気だよ。小説は新しい罪だよ。素晴らしいよ。小説は搾りたてだよ。小説を濾してくれよ。小説を見学させてくれよ。小説の里親を募集するよ。小説は自家発電するよ。それが小説の証明だよ。小説は絹ごしだよ。小説は動物性の豆腐だよ。小説は奇跡だよ。小説のための休暇がいるよ。小説のための勇気がいるよ。小説のためのピアノがいるよ。我武者羅な小説がいいよ。小説だけはゴールがない方がいいよ。小説はフライングした方がいいよ。小説は下着に気をつかったほうがいいよ。小説は換気がだいじだよ。今、窓をあけるよ。ヴェートーベンの生涯は洗濯機の奥に消えたよ。スヌーピーは縁側で寝ているよ。ドストエフスキーは身体をY字にして寝ているよ。風は吹いているものだっていつ知ったんだよ。この風はいいのか、わるいのかわからないよ。小説だってそうだよ、読めたって何だかよくわからないよ。理由のある小説は怖いよ。食物何かもういいっていいながら、105円のメロンパンを歩きながら食べたよ。俺は嘘つきだよ。うそつきだと名乗っても聞くやつは居ないよ。

小説を書くのに本なんか読んじゃダメだ。本なんて読んだら、脳味噌の皮がマトモになりすぎちゃうから。読んで安心しちゃダメだよ。書かないと。書くためにあるのが小説なんだ。

無理だよ、俺には小説なんて書けない。小説は王冠が似合いすぎる。俺は河を泳ぐ小蝿だよ。小説の命は野良猫と同じくらい短いよ。小説は雨だよ。小説は月でも太陽でもない。プロットってなんだよ。登場人物ってなんだよ。家族ってなんだよ。ペットってなんだよ。生活ってなんだよ。理由ってなんだよ。筋ってなんだよ。目が見えるってなんだよ。服を着るってなんだよ。肉を切るってなんだよ。骨ってオマエ、だれなんだよ。連鎖ってなんだよ。孤立ってなんだよ。しらすってなんだよ。透明ってなんだよ。そんなに小さいくせに体重が図れるってなんだよ。俺が書いたことを残しておけるって何なんだよ。面白いってなんだよ。つまらないってなんだよ。なんで何もかもわかってちゃうんだよ。器が小さいんだよ。除名が短いんだよ。息が詰まるよ。説明すんなよ小説を。小説なんて読みたくないよ。過去の小説は上手すぎる。小気味よい音を流れて小説が流れてゆく。2リットルの水すら飲みきれない俺には小説が読めない。情景ってなんだ。俺は小説を書いているよ。部屋に臀部を乗せて小説を書いているよ。マグカップで歯を磨きたいよ。小説は投げ出しちゃダメだよ。小説は永遠だよ。小説は不死だよ。小説は電波時計だよ。小説の一つ一つは血が滲んでいるのに、小説全体の河は澄んでいるよ。ニジマスもコイもまだ生きているよ。1人だよ。水を飲んで咽たってひとりだよ。心臓がちゃんと痛んだって同じだよ。恥かしいよ。生きていることが。生きていることの給湯温度の温さが嫌いだよ。爪の再生が嫌いだよ。食欲が嫌いだよ。風船が嫌いだよ。俺はもう駄目だよ。病気だなんて当然すぎるよ。春雨なんてもう毒すぎるよ。生きているのって古い遊園地だよ。錆びた乗り物だよ。落ち着くなよ。

 

部屋がなくなっていく。人生ではじめて集中する。雑音のない、黒ですらない暗闇が見えてきた。俺は両腕を十字に置いて太ももを叩くよ。


俺に小説なんて書けるわけがないよ。俺に文の才能などないのさ。軽はずみと思い込みが恥ずかしいよ。苦しい、苦しい、俺には何も書けない。小説など書けない。風景が書けない、会話が書けない。感想を書けない。五感を書けない。ただ死んでしまうだけだ。目玉をひん剥いて天使が飛ぶよ。セミが飛ぶよ。たぬきも飛ぶよ。おまえだけだよ飛べないのは。へそくりを入れた引き出しの中で飛べないのはおまえだよ。おまえだよ。エアコンはバターだよ、塗りたくれよ。頼むから。狂えよ。そろそろ、狂えよ。時間がないよ。狂えよ。

 

おれにやれることなんてないよ。頭の中が薄っぺらい砂漠だよ。カサカサだよ、ここは砂でできた墓場だよ。むやみに目を閉じてしまうよ。自分を憐れむ涙以外に水分はないよ